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東京高等裁判所 平成10年(ネ)557号 判決

主文

一  原判決中、控訴人有限会社岩田屋本店に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人有限会社岩田屋本店に対し、七〇万円及びこれに対する平成一〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人有限会社岩田屋本店のその余の請求を棄却する。

二  控訴人高橋正一の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

四  この判決は、一の1に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人高橋正一(以下「控訴人正一」という。)に対し、七〇〇〇万円及びこれに対する平成七年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人は、控訴人有限会社岩田屋本店(以下「控訴人会社」という。)に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

5 この判決は、仮に執行することができる。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実

1 昭和五一年ころ、全国的に米余り現象が生じ、米飯を大量かつ継続的に消費する必要が生じたことから、文部省は、学校給食法施行規則等の一部を改正する省令を公布し、従来のパンを中心とした学校給食に米飯を導入することとした。右省令を受けた財団法人栃木県学校給食会(以下「県学校給食会」という。)は、県下の公立学校で米飯給食を実施することとし、被控訴人も昭和五五年四月から、町立小学校及び中学校等の義務教育諸学校(以下「義務教育校」という。)において、米飯給食を実施することを決定した。

パン及び米飯給食を実施するにおいては、いわゆる自校炊飯方式と委託炊飯方式があり、それまでのパン給食においては、委託炊飯方式と同じく、委託業者に委託してパンを加工・納入させ、県学校給食会と業者が委託加工契約を締結していた。

被控訴人は、米飯給食においてもこれと同じく委託炊飯方式を採用することとし、被控訴人が県学校給食会から米を買い入れ、県学校給食会と民間の委託業者が米飯の委託炊飯契約を締結し、右の委託業者が義務教育校に米飯の供給を行うことになった。

2 控訴人正一は、昭和四年ころから肩書住所地において岩田屋本店の屋号で菓子製造卸業を営んでいたが、学校給食法の施行に伴い、被控訴人が昭和三二年四月から義務教育校においてパン給食を実施することになったため、パン給食につき委託加工契約を締結し、義務教育校に学校給食用パンを供給していた。

3 被控訴人は、前記1の米飯給食の実施に先立つ昭和五三年ころ、控訴人正一ら四名の従前からのパン納入業者に対し、米飯給食への協力を要請したところ、右の四名は、義務教育校に米飯給食を供給する条件として、一〇坪の炊飯施設(工場)が必要である旨の説明を受け、右の工場を建設するための用地の確保の問題が生じたことから、米飯給食への協力を躊躇した。

しかし、その後も被控訴人は、パン納入業者四名との間の話合いを継続し、米飯給食への協力を要請したことろ、昭和五四年二月ころ、控訴人正一が米飯給食に協力することになった。

4 控訴人正一は、自己所有地である肩書住所地その他二筆の土地上に自己資金で工場を建設することとし、昭和五四年一一月一三日ころ、栃木県安蘇郡田沼町内の立川英一建築設計事務所と代金三五〇〇万円で設計監理契約を締結した。その後、同事務所の設計監理の下に工場の建設が行われ、昭和五五年三月八日ころ、控訴人正一所有の工場(以下「本件炊飯工場」という。)が完成したが、右の三五〇〇万円では建設資金として不足していたため、控訴人正一は、同月一五日、田沼町農業協同組合から二一〇〇万円を借り入れ、右の建設資金に充当した。

5 被控訴人の義務教育校に対する米飯給食は、控訴人正一の協力により、当初の予定どおり昭和五五年四月から実施され、控訴人正一と県学校給食会が委託炊飯契約を締結し、右の契約に基づき控訴人正一が炊飯した米飯が義務教育校に供給された。なお、控訴人正一と県学校給食会との間の委託炊飯契約及びパンの委託加工契約(これらを一括して表示するときは「本件委託契約」という。)の有効期間は一年間とされ、控訴人正一が引き続き学校給食用パン委託加工工場ないし学校給食用炊飯委託業者の指定(以下「業者指定」という。)を受けた場合は、一年を単位として自動的に右の契約が継続された。右の手続は、毎年一二月末までに控訴人正一が県学校給食会宛に申請書を提出し、県学校給食会が各市町村教育委員会の意向を聴いた上で、諮問機関である栃木県学校給食用パン委託加工工場選定委員会及び栃木県学校給食用炊飯委託業者選定委員会(以下「各選定委員会」という。)に諮り、選定要件及び選定基準に基づく審査を経て決定するものとされている。

6 平成五年九月九日、控訴人正一の姪に当たる高橋明美が代表取締役を務める控訴人会社が設立されたため、控訴人正一がしてきた米飯給食事業は、すべて控訴人会社に引き継がれた。

7 控訴人らは、被控訴人が学校給食法六条により負担すべき経費を負担せず、不当な利得を得ているなどと主張してその返還を求める旨の調停を申し立てたが、不調に終わったことから、平成七年三月六日、被控訴人に対し本件訴訟を提起したところ、原審の宇都宮地方裁判所足利支部は、平成一〇年一月二七日、右の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。そこで、被控訴人は、県学校給食会に対し、平成一〇年度の学校給食用パン委託加工工場及び学校給食用炊飯委託業者から控訴人会社を外し、新規の業者に変更するよう求める旨の通知を同年一月二八日付けで発した(以下「平成一〇年通知」という。)。平成一〇年通知には、業者の変更を希望する理由として、本件訴訟により信頼関係が破壊されその回復に至らなかった旨が記載されている。これを受けた県学校給食会は、同年二月二四日、控訴人会社からされた業者指定の申請につき、各選定委員会に諮問したところ、各選定委員会は、同年三月ころ、被控訴人と控訴人会社との信頼関係が回復され、被控訴人から控訴人会社に対する業者指定の希望があるまで指定を見合わせる旨を答申した。その答申書には、被控訴人から、控訴人会社に対する信頼関係が欠落したため、控訴人会社の作ったパン、米飯は受け入れられないので他の工場に変更して欲しい旨の希望があり、そのような現状で、被控訴人のパン、米飯を控訴人会社に委託し加工させることは不可能であると記載されている。

そこで、控訴人会社は、県学校給食会を債務者として、宇都宮地方裁判所に本件委託契約の解約禁止等仮処分(以下「本件仮処分」という。)を申し立てたところ(同裁判所平成一〇年(ヨ)第二八号)、同裁判所は、同年三月二四日、控訴人会社は県学校給食会に対し、同年四月一日から平成一一年三月三一日までの間、従来の契約内容と同じ条件で契約上の地位にあることを仮に定めるとの仮処分決定をした。これにより、控訴人会社は、平成一〇年度もパン及び米飯を義務教育校に供給することができた。

8 被控訴人は、平成一一年一月二〇日、同年度の指定についても、県学校給食会に対し、学校給食用パン加工委託工場及び学校給食用炊飯委託業者を控訴人会社から新規の業者に変更するよう求める旨の通知をし(以下「平成一一年通知」という。)、各選定委員会も、同年二月二三日、県学校給食会の諮問に対し、前年とほぼ同じ理由で控訴人会社につき平成一一年度の業者指定を見合わせるよう答申した。そこで、県学校給食会は、同年三月二四日、控訴人会社に対し、平成一一年度の業者指定を見合わせ、現状では本件委託契約を締結できない旨の通知を発したが、控訴人会社は、仮処分の申立て等をせず、結局、本件委託契約は締結されなかった。

二  控訴人らの主張

1 控訴人正一の主位的主張

以下の(一)(不当利得返還請求権)及び(二)(損失補償請求権)により、控訴人正一が本件炊飯工場の建設等に要した費用五六七九万五五四三円から控訴人会社に譲渡した一〇〇〇万円を控除した四六七九万五五四三円に相当する金員の支払を求め、また、(三)(不法行為に基づく損害賠償請求権)により、控訴人正一が受けた精神的苦痛の慰謝料に相当する二三二〇万四四五七円の支払を求める(合計七〇〇〇万円)。

(一) 不当利得返還請求

学校給食法六条一項は、「学校給食の実施に必要な施設及び設備に関する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」と規定し、同条二項は、「前項に規定する経費以外の学校給食に関する経費は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第二二条第一項に規定する保護者の負担とする。」と規定し、学校給食法施行令二条は、「設置者の負担すべき学校給食の運営に関する経費」について規定している。これらの規定によれば、「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費」はすべて、また、同法施行令二条で定める学校給食の運営に要する経費も、義務教育校設置者の負担とされていると解される。そうすると、本件炊飯工場は、右の施設及び設備に該当するし、仮に該当しなくても、学校給食法六条一項の準用ないし類推適用により、学校給食の実施に必要な施設及び設備と解すべきである。よって、被控訴人は、控訴人正一の出捐により本件炊飯工場の建設費用の支出を免れ、右建設費用に相当する利得を得たというべきであるから、これを不当利得として控訴人正一に返還する義務がある。

(二) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求

義務教育校に米飯給食を供給するため、控訴人正一が自己所有地に本件炊飯工場を建設したことは、公共のためにする財産権の制限に該当し、その制限は、一般的な受忍限度を超えた特別の犠牲に当たる。したがって、控訴人正一は、被控訴人に対し、憲法二九条三項により損失補償を請求することができるところ、その額は、前記(一)の本件炊飯工場の建設に要した費用と同額とみなすべきである。

(三) 不法行為(説明義務違反)に基づく損害賠償(慰謝料)請求

控訴人正一は、後記2のとおり、被控訴人の説明義務違反によって米飯給食につき委託炊飯事業の開始することになり、そのため甚大な精神的苦痛を受けた。かかる精神的苦痛の慰謝料は、二三二〇万四四五七円と認めるのが相当である。

2 控訴人正一の予備的主張(説明義務違反による損害賠償請求)

(一) 説明義務違反その1(事業開始に際しての説明義務)

被控訴人は、本来自校炊飯方式により自ら学校給食を義務教育校に供給すべきところ、これを民間業者である控訴人正一に依頼し委託炊飯方式により米飯給食を実施するというのであるから、同人が本件炊飯工場を建設して委託炊飯事業を開始するに際しては、同人に対し、学校給食法及び地方財政法の趣旨、自校炊飯方式と委託炊飯方式の区別、委託炊飯業者に要求される施設、設備、経済的負担、補助金の有無・程度等を十分説明する信義則上の義務があるのにこれを怠ったものである。右の説明義務の具体的内容は、以下のとおりである。

<1> 学校給食法六条による学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費は、原則として義務教育校の設置者の負担と定められていること

<2> 米飯給食を実施する方法として、自校炊飯方式と委託炊飯方式があること

<3> 自校炊飯方式を採った場合には、同法施行令三条により学校給食の開設に必要な施設設備につき同法四、五条に定める額の二分の一の補助金が国から自治体に交付され、委託炊飯方式による場合には学校給食米飯導入促進事業実施要領別表の特定の設備につきその三分の一の助成金が国から事業者に交付される場合があるが、その余は自己負担であること

<4> 委託炊飯事業を開始するか否かは事業開始予定者の自由な意思で決定するものであること

(二) 説明義務違反その2(将来にわたる補助金交付の約束)

被控訴人(当時の田沼町教育委員会委員長橋本武夫{以下「橋本」という。}及び学校給食センター所長木村源吉{以下「木村」という。})は、控訴人正一に対し、炊飯のための施設を設備すれば将来の補助金交付を含む資金援助と被控訴人の全面的協力を約束し、申請をすれば容易に設備資金相当額の補助金を交付されるかのような説明をしたが、補助金の交付額には限度があることを説明しなかった。

(三) 説明義務違反その3(控訴人正一のリスクを説明する義務)

炊飯施設を新規に設置することは、多額の資金を必要とするものであるから、これを一個人に営利事業として行わせる被控訴人としては、控訴人正一が米飯給食の委託炊飯事業を行うのにかかる資金の総額やこれに対する補助金の額、炊飯のための施設を他に転用することはできないことなど、当時控訴人正一が右の事業を行うことにより受けるリスクのすべてを控訴人正一に説明し、事業を開始するかどうかを自由に選択させる義務があったのにこれを怠ったものである。

(四) 損害

控訴人正一は、被控訴人が前記(一)ないし(三)のとおり説明義務を尽くさなかったため、既存のパン納入業者である自分に米飯給食を実施する義務があり、かつ、将来補助金の交付を含む資金援助と被控訴人の全面的協力を得られると誤信し、莫大な資金を投入して本件炊飯工場を建設し、米飯給食の委託炊飯事業を開始し、本件炊飯工場の建設に要した費用と同額の五六七九万五五四三円の損害を被った。

また、控訴人正一は、右の事業を開始するまでは黒字経営であったが、開始後は所得が減り、別紙「青色申告控除前の所得金額」のとおり、右の事業開始前の昭和五〇年から五四年までの平均事業所得と昭和五五年から平成九年までのそれとの差額は年平均二二〇万五六九六円であり、これが控訴人正一の逸失利益になるので、控訴人正一は、被控訴人に対し、予備的に法人成りするまでの一三年間の逸失利益合計二八六七万四〇四八円の損害賠償を請求する。

3 控訴人会社の主位的主張

控訴人正一は、控訴人会社に対し、前記1の不当利得返還請求権ないし損失補償請求権五六七九万五五四三円のうち一〇〇〇万円を譲渡し、平成九年七月三〇日、その旨を被控訴人に通知した。したがって、控訴人会社は、被控訴人に対し、一〇〇〇万円の支払を求める。

4 控訴人会社の予備的主張

(一) 被控訴人の営業妨害に対する本件仮処分の弁護士使用

被控訴人は、前記一7のとおり、県学校給食会に対し、本件訴訟により信頼関係の回復に至らなかったとして、業者の変更を求める平成一〇年通知を発した。控訴人会社と県学校給食会の間の本件委託契約は、実質的には継続的供給契約であり、契約の締結(更新)につき問題となる瑕疵はなかったにもかかわらず、平成一〇年度の本件委託契約が締結されない事態に追い込まれたことから、控訴人会社は、本件仮処分を申し立て、これを認容する仮処分決定を得た。被控訴人の右の行為は、控訴人会社に保障されている裁判を受ける権利を侵害し、さらには、控訴人会社と学校給食会の本件委託契約関係を違法に侵害する行為であるから、不法行為に当たる。よって、被控訴人は、控訴人会社に対し、本件仮処分を申し立てるため支出した弁護士費用三〇〇万円に相当する損害を賠償する義務がある。

(二) 被控訴人の営業妨害により発生した将来の逸失利益

控訴人会社は、平成一一年度以降も本件委託契約の更新を希望していたが、前記一8のとおり、被控訴人が平成一〇年と同様に平成一一年通知を発したことから、県学校給食会との間の本件委託契約の締結を断念せざるを得なかった。右の被控訴人の行為は、前記(一)のとおり不法行為に当たるが、これにより控訴人会社が受けた損害は、平成九年度の売上総利益四九七万九九六二円の四〇パーセントの三年分(被控訴人の営業妨害行為がなければ、控訴人会社は、今後少なくとも三年間は事業を継続することができた。)である五九七万五九七五円を下らない。よって、控訴人会社は、被控訴人に対し、不法行為に基づき内金五〇〇万円の支払を求める。

(三) 被控訴人の説明義務違反により発生した過去の逸失利益

被控訴人の説明義務違反により、米飯給食を開始するまでは利益が出ていた控訴人正一の事業は赤字経営に転じたため、控訴人正一の個人事業が法人成りした控訴人会社も、平成五年度から平成九年度の各事業年度ごとに当期損失を出している。これは、前期2の被控訴人の説明義務違反と相当因果関係のある損害(逸失利益)であるから、控訴人会社は、被控訴人に対し、右期間中の当期損失の内金二〇〇万円の支払を求める。

5 被控訴人の消滅時効の抗弁に対する反論

(一) 控訴人らは、被控訴人から補助金等を受けられないことに不信感を抱き、平成六年ころ、森川金寿弁護士に相談したところ、学校給食法六条で学校給食施設・設備に要する費用は本来被控訴人が負担することが認められていることを知り、被控訴人が不当に利益を得ていることを知ったものであるから、控訴人正一の被控訴人に対する不当利得返還請求権の消滅時効の起算点は、平成六年ころである。

(二) 控訴人らは、平成一〇年一月二七日、原審の敗訴判決を受け、控訴審の訴訟追行を控訴人ら訴訟代理人に委任した。その検討の過程で、控訴人正一が被控訴人に対し、説明義務違反という不法行為に基づく損害賠償請求権を有していることを知ったものであるから、右の請求権の消滅時効の起算点は、平成一〇年三月ころである。

三  被控訴人の反論

1 不当利得ないし損失補償について

(一) 学校給食法六条一、二項は、学校給食に関する経費の負担について、同法七条一、二項は、国の補助について、同法施行令二条は設置者の負担すべき学校給食の運営に関する経費について、同法施行令四条は、学校給食の開設に必要な設備に関する経費の範囲及び算定基準について、同法施行令五条は学校給食の開設に必要な設備に関する経費の範囲及び算定基準について、それぞれ規定している。これらは地方自治体が設置した公立の学校給食施設等に関し規定したものであり、公立施設には自校炊飯方式として単独校調理場と共同調理場があり、同法施行令四、五条により、単独校調理場及び共同調理場の開設に際して国が補助をすることになっているものである。そうすると、同法は、委託炊飯契約を締結した民間の業者に対し、行政が補助を行うことを予定していないと解されるところ、控訴人正一は、米飯給食につき県学校給食会と委託炊飯契約を締結し、営利事業を行ってきたのであるから、控訴人正一が建設した本件炊飯工場は前記公立施設に該当せず、被控訴人が学校給食法により本件炊飯工場の建設費用を負担する義務を負うことはない。このことは、控訴人正一の所有に係る本件炊飯工場以外の炊飯施設、設備についても同様である。

(二) 本件炊飯工場は、控訴人正一が任意に建設した同人所有の物件であり、その使用について何の制限もなく、炊飯工場として稼働させることもそれを取り壊すことも、控訴人正一の自由である。したがって、本件炊飯工場の建設が控訴人正一の財産権を制限するものではないから、憲法二九条三項に基づく損失補償請求は失当である。

2 説明義務違反について

(一) 控訴人正一と米飯給食につき委託炊飯契約を締結したのは、県学校給食会であり、被控訴人と控訴人正一は何ら契約関係に立たないものである。よって、被控訴人が控訴人正一に対し、信義則上の説明義務を負担する法律上の根拠は何ら存しない。

(二) 控訴人正一は、自宅兼工場の施設で以前から菓子の製造販売を行っており、学校給食が行われるようになってから、給食用のパンの製造も行うようになったが、米飯の炊飯を行うには新たな建物(本件炊飯工場)を増築し米飯の炊飯設備を建物内に設置することになった。この増築及び設備に関し、費用は業者の自己負担となるが、米飯の炊飯設備の一部については、被控訴人から奨励交付金が出ることが説明された。被控訴人は、控訴人正一の米飯給食実施に向け、地方自治法二三二条の二の規定に基づき予算措置を採ったが、これは本件炊飯工場の建設費等に充てられておらず、あくまで内部の炊飯設備の新設に関するものであり、その後の事業経営に関するものでもない。そして、右の奨励交付金は、「米飯給食委託炊飯設備奨励交付金」の名目で、昭和五五年三月五日に起票し、被控訴人から控訴人正一に五九五万九〇〇〇円が支出された。それ以外にも、被控訴人は、控訴人正一に対し、食缶、保温器、浸透槽を貸与し(購入代金三八五万六〇〇〇円)、本件炊飯工場への侵入道路部分の外柵フェンス工事の費用を負担するなどした(ちなみに、県学校給食会からも、控訴人正一に対しては、米飯炊飯事業に関する各種の補助金として、一三二万六五六六円の支援がされている。)。

以上のように、控訴人正一は、既に県学校給食会と委託加工契約を締結して義務教育校にパンを供給していたのであるから、新たに米飯を供給するについても、学校給食法の趣旨、委託炊飯方式、原則として補助金が出ないこと等を十分理解していたというべきである。また、被控訴人は、控訴人正一に対し、炊飯設備の設置に関する奨励金等の交付が最終的なものであり、これ以外は支給されないことを十分説明していた。したがって、被控訴人について、控訴人正一に対する説明義務違反を問題にする余地はない。

(三) 控訴人らは、県学校給食会との委託炊飯契約に基づき、米飯を義務教育校に供給してきたものであり、仮にその事業が赤字経営に陥ったとしても、改善・是正等の企業努力を行う責任は控訴人らにある。また、控訴人らは、委託炊飯事業を行うことを法律上義務づけられているわけではないから、本件委託契約を解消し、他の事業を行う等して赤字経営の改善に努めることができた。したがって、赤字経営であることは、ひとえに事業者である控訴人らの責任であり、その責任を被控訴人に転嫁することは許されない。

3 営業妨害について

(一) 平成一〇年通知

控訴人会社が、学校給食法六条を根拠に委託炊飯契約の当事者の関係にない需要者である被控訴人に本件訴訟を提起したということは、県学校給食会からすれば、委託炊飯契約の趣旨に反する極めて背信的な行為である。県学校給食会が控訴人会社と本件委託契約を締結しないこととしたのは、控訴人会社に右のような契約上の信頼関係を破壊する重大な背信行為があったからであり、被控訴人が平成一〇年通知を発したこととは何の関係もない。また、本件訴訟を提起してきた控訴人会社から給食用のパンや米飯の供給を受けることは、被控訴人としても耐え難いことであったから、被控訴人が県学校給食会に対し、業者の変更を求める平成一〇年通知を発したことに違法性は認められない。

(二) 平成一一年通知

被控訴人が県学校給食会に対し、平成一一年通知により業者の変更を求めたのは、控訴人会社に選定要件及び選定基準に違反し、かつ、契約上の信頼関係を破壊する次のような行為があったからである。すなわち、各選定委員会による業者の選定要件及び選定基準として、<1>所定の時間までに当該学校等に搬入できる輸送能力を有すること、<2>学校給食に十分理解をもち、かつ協力的であること、などが規定されているところ、控訴人会社は、経営上の赤字を理由とし、平成六年六月一七日付けで、遠隔地の炊飯配送に関し、同年二学期以降は被控訴人において行われたい旨の要請を行ったため、被控訴人は、二学期からの学校給食現場の混乱を回避するため、シルバー人材センターに依頼して遠隔地の配送業務を行い、平成九年四月からは、すべての学校への配送業務をシルバー人材センターに依頼し被控訴人が行うようになった。また、控訴人会社は、委託炊飯契約の根幹に係る学校給食業務につき、本件訴訟を提起したものであるところ、これらは、控訴人会社が右の<1><2>の各選定要件及び選定基準に適合しない業者であることを示すものである。したがって、これらのことを理由として被控訴人が平成一一年通知を発したことに違法性はない。

なお、控訴人会社は、平成一一年度において、仮処分を申し立てることなく本件委託契約を終了させたが、それは、赤字経営であったことなどを考慮し、自らの意思により本件委託契約の継続を求めなかったためであるから、平成一一年通知とは何の因果関係もないというべきである。

4 消滅時効の抗弁

(一) 控訴人正一の被控訴人に対する不当利得返還請求権は、その根拠とする不当利得原因が発生したとする本件炊飯工場の建設等を終えた昭和五五年三月ころには、少なくとも控訴人正一において権利を行使し得ることを知ったことになるから、それから一〇年を経過した平成二年三月には消滅時効が完成している。

(二) 被控訴人は、控訴人正一の本件炊飯施設の建設に際し、委託炊飯設備奨励交付金五九五万九〇〇〇円を昭和五五年三月二五日までに支出しているが、その後はこのような交付金等を支出していない。そうすると、控訴人正一は、それ以外に被控訴人から補助金等の支出を受けられないことを知ったことになるから、その時点で被控訴人の不法行為責任(交付金が出ないこと等を説明しなかった説明義務違反)を知ったというべきである。したがって、右不法行為責任の消滅時効は、同日から進行し、三年を経過した昭和五八年三月二五日には消滅時効が完成している。

第三  当裁判所の判断

一  不当利得返還請求について

学校給食法六条一項は、「学校給食の実施に必要な施設及び設備に関する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」と規定している。そして、同法七条一項は、「国は、公立又は私立の義務教育諸学校の設置者に対し、政令で定めるところにより、予算の範囲内において、学校給食の開設に必要な施設又は設備に要する経費の一部を補助することができる。」と規定し、これを受けた同法施行令四条は、学校給食の開設に必要な施設の経費の範囲及び算定基準を、同法施行令五条は、学校給食の開設に必要な設備に要する経費の範囲及び算定基準を規定しているところ、これらはいずれも単独校調理場及び共同調理場による自校炊飯方式により学校給食を実施するについての経費の負担及び経費の補助を規定しているにとどまり、委託炊飯方式により学校給食を実施するについての経費の負担等については規定していない。そうすると、学校給食法六条の「施設及び設備」は、義務教育校の設置者自らが開設する炊飯施設及び設備をいうものと解すべきである。

これに対し、委託炊飯方式の場合、民間の業者が建設した施設において米飯の炊飯をすることになるが、その施設の所有権は当然のことながら右の業者に帰属するのであるから、かかる施設の建設費等を、義務教育校の設置者が負担することを同法が予定しているとは到底考えられない。

したがって、学校給食法六条一項は、民間の業者である控訴人正一の所有に係る本件炊飯工場などの施設及び設備に適用又は類推適用される余地がないから、本件炊飯工場の建設費用が被控訴人の負担に属することを前提とした控訴人らの不当利得返還請求は失当である。

二  損失補償請求について

前記一のとおり、本件炊飯工場は、控訴人正一が建設した同人の財産であり、同人がこれを県学校教育会との間の本件委託契約のために使用しようと、それ以外の目的に使用しようと自由であるし、これを処分することについて何らかの制限が加えられているわけではない。

なお、この点につき、控訴人らは、補助金が支出された財産である本件炊飯工場を目的外に使用し、あるいは、勝手に処分することはできないと主張する。しかし、《証拠略》によれば、被控訴人は、控訴人正一に対し、昭和五五年三月五日に起票し、「米飯給食委託炊飯設備奨励交付金」の名目で五九五万九〇〇〇円を支出しているが、これは、被控訴人が地方自治法二三二条の二の規定に基づき、本件炊飯工場内の米飯炊飯設備に充てるため交付した補助金であること、それ以外にも、被控訴人から控訴人正一に対し、食缶、保温器、浸透槽が貸与され、本件炊飯工場への進入道路の部分の外柵フェンス設置工事代金が支出されたこと、県学校給食会から控訴人正一に対し、学校給食米飯導入促進事業による補助金として一三二万六五六六円が支出されていること、しかし、いずれも本件炊飯工場の建設費に充てられたものではないことなとが認められる。そうすると、本件炊飯工場は、補助金が支出された財産には当たらないから、右の控訴人らの主張は失当である。

したがって、控訴人正一は、自己の所有する土地に、義務教育校に米飯給食を供給することを主たる目的とするとはいえ、自己の費用で本件炊飯工場を建設し、これを自由に使用、処分することができるものであるから、そのことが控訴人正一にとって公共のためにする財産権の侵害に当たるということはできないし、控訴人正一に特別の犠牲を強いるものではないことは明らかである。よって、控訴人正一の被控訴人に対する憲法二九条三項に基づく損失補償請求も理由がない。

三  被控訴人の説明義務違反による損害賠償請求について

1 前記第二、一1及び2のとおり、控訴人正一は、昭和五五年に県学校給食会と米飯給食について委託炊飯契約を締結する以前の昭和三二年ころから、パン給食につき委託加工契約を締結し義務教育校に学校給食用パンを供給していたものであり、その態様は米飯給食における委託炊飯方式と同じであった。そうすると、控訴人正一は、被控訴人から米飯給食への協力を要請された際、学校給食や委託炊飯方式について、一応理解していたと認めるのが相当である。また《証拠略》によれば、パン給食については、控訴人正一ら業者に補助金は支出されていなかったこと、控訴人正一は、昭和五五年に被控訴人から米飯給食委託炊飯設備奨励交付金を受領したが、その後は被控訴人から補助金を受領しておらず、平成五年ころまでの一三年間にわたり、補助金が支出されないことにつき被控訴人に苦情を申し入れた形跡がないこと、控訴人正一は、被控訴人から、必要な米飯炊飯設備に奨励交付金が支出される旨の説明を受けていたことなどの事実が認められる。以上の事実によれば、控訴人正一は、米飯給食もパン給食と同じく、原則的に補助金は支出されないこと、米飯炊飯設備につき支出される奨励交付金は例外的な措置であることは知っており、そのことを了解していたと推認することができる。

このように、控訴人正一は、学校給食、委託炊飯方式、必要となる米飯炊飯設備、補助金及び奨励交付金の支出につき、あらかじめ、あるいは被控訴人から説明を受け、一応理解していたということができるから、被控訴人は、控訴人正一が米飯給食に係る事業を開始するに当たり、同人に対し、これらの点を説明する義務を負うことはないというべきである。

なお、控訴人らは、被控訴人が控訴人正一に対し、委託炊飯事業を開始するか否かは自由な意思で決定するものであることを説明しなかったと主張するが、控訴人正一がその自由な意思に基づき委託炊飯事業を開始しなかったことを窺わせる証拠はない。

2 控訴人正一は、被控訴人から米飯給食への協力を要請された際、当時の被控訴人の学校給食センター所長であった木村から、本件炊飯工場の建設費を含め、役場と国であらゆる費用を出すから何とかしてくれと言われて内諾したと供述し、本件炊飯工場が完成し米飯給食が開始した後も、当時の被控訴人の教育委員会委員長であった橋本から、見通しがついたら控訴人正一の支出した金員は必ず返済すると言われたと供述している。しかし、このような発言があったことを裏付ける客観的な証拠はないし、前記1のとおり、仮に木村や橋本から右のような話があったとすれば、控訴人正一は、米飯給食を開始した後、被控訴人に対し補助金の支出や本件炊飯工場の建築費の補填を強く求めていたであろうが、控訴人正一がそれを求めた形跡はない。さらに、委託炊飯方式の場合、法律上補助金の支出は予定されておらず、被控訴人としては本件炊飯工場内の炊飯設備に奨励交付金を支出することを予定していただけであったから、被控訴人の職員として右の点を知っていた木村や橋本が、本件炊飯工場の建設費を含め被控訴人が負担する旨を控訴人正一に述べたとは考えにくい。したがって、控訴人正一の各供述を採用することはできない。

3 次に、控訴人らは、被控訴人が控訴人正一に対し、米飯給食を行うことにより受けるリスクを控訴人正一に説明し、事業を開始するかどうかを自由に選択させる義務があったと主張する。しかし、県学校給食会と委託炊飯契約を締結し、義務教育校に米飯給食を供給するにはどれだけの設備投資が必要になり、米飯給食事業によりどれだけの利益が見込まれ、採算が取れるかどうかを判断するのは、あくまで業者である控訴人正一が、自らの責任において行うべきことである。現に、米飯給食に係る委託炊飯契約を締結するに際し、被控訴人は、控訴人正一を含む四名のパン納入業者に話を持ちかけたが、控訴人正一以外の業者は、本件炊飯工場を建設することの困難性などから、委託炊飯契約の締結を断念したものであり、設備投資を含む米飯給食を行うリスクを自らの責任において判断しているのである。控訴人正一も、前記1の諸点を理解した上で、採算が取れるかどうかを十分検討した結果、本件炊飯工場を建設し、県学校給食会と委託炊飯契約を締結したと認めるのが相当である。

以上のように、米飯給食事業を行うことによるリスクは、業者である控訴人正一が自ら調査しその責任において判断すべきことであって、被控訴人が同人に説明する筋合いのものではないというべきである。

4 よって、被控訴人には控訴人正一に対する不法行為(説明義務違反)があったとする控訴人らの主張は理由がない。

四  被控訴人の営業妨害による損害賠償請求について

1 弁護士費用に相当する損害

(一) 前記第二、一5のとおり、本件委託契約は、有効期間が一年間とされ、一年を単位として業者指定を受けた場合に継続されることになるから、厳密な意味での継続的契約ではない。しかしながら、《証拠略》によれば、控訴人らは、平成一〇年まで、パンについては約四〇年間、米飯については約一八年間、同一の契約内容で義務教育校に供給してきたものであり、その間、特に問題なく業者指定を受け、実質的に本件委託契約を更新してきたことが認められる。また、前記二のとおり、被控訴人は、控訴人正一に対し、米飯炊飯設備に充てるための奨励交付金を支出し、食缶、保温器、浸透槽を貸与していること、県学校給食会も控訴人正一に補助金を支出していることなどからすると、被控訴人及び県学校給食会は、特段の事情がない限り、控訴人らとの本件委託契約を更新し、長期にわたり安定的に給食用のパン及び米飯の供給を受けることを予定していたということができる。そうすると、控訴人会社は、平成一〇年一月の時点において、引き続き業者指定を受けて県学校給食会と本件委託契約を締結し、米飯給食事業を継続することができる利益を有していたと認めるのが相当であり、これは法的な保護に値する利益に当たる。したがって、控訴人会社は、正当な理由なく右の利益を侵害した者に対し、損害賠償を求めることができるというべきである。

(二) 被控訴人は、県学校給食会に対し、平成一〇年通知を発し、本件訴訟により控訴人会社との信頼関係の回復に至らなかったことを理由として業者の変更を求め、県学校給食会の諮問を受けた各選定委員会は、被控訴人の希望を容れ、被控訴人と控訴人会社との信頼関係が回復され、被控訴人から控訴人会社に対する業者指定の希望があるまで指定を見合わせるとの答申をした。したがって、県学校給食会が控訴人会社と平成一〇年度の本件委託契約の締結を見合わせることとしたのは、被控訴人から業者の変更を求められたからであり、それ以外に各選定委員会や県学校給食会において、控訴人会社に対する業者指定を見合わせる事情を見いだすことはできない。

そこで、被控訴人が平成一〇年通知を発して業者の変更を求めたことに正当な理由があったか否かが問題となるが、被控訴人が平成一〇年通知において問題にしているのは、控訴人会社の被控訴人に対する本件訴訟の提起による信頼関係の破壊であるところ(被控訴人は、平成一〇年一月の時点では、控訴人会社において選定要件及び選定基準に抵触する行為があったと主張していなかった。)、パン及び米飯を義務教育校に供給する業者である控訴人会社が、義務教育校の設置者である被控訴人に本件訴訟を提起したことにより、被控訴人に強い不信感を抱かせたことは想像に難くない。しかしながら、控訴人会社が学校給食法の解釈等に疑義を抱き、本件炊飯工場の建設により自己に損失が発生したとすればそれを回復しようと考えて裁判という手段に訴えることは、それが明らかな濫訴に当たらない限り、裁判を受ける権利の行使に当たると認められる。そうすると、被控訴人が本件訴訟の提起により控訴人会社との信頼関係が破壊されたことを理由に県学校給食会に業者の変更を求め、その結果、控訴人会社が県学校給食会と本件委託契約を締結することができないようにすることは許されないというべきである。もとより、自己の設置した義務教育校にパン及び米飯の供給を受ける被控訴人が、品質や安全性等を問題にして業者の変更を求めることは、正当な理由があるといえるが、本件においてそのような理由を見いだすことはできない。

なお、被控訴人は、控訴人会社による本件訴訟の提起は、県学校給食会との間の本件委託契約上の信頼関係を破壊するものであると主張するが、少なくとも本件訴訟の提起により、県学校給食会と控訴人会社の関係が険悪化し、これにより義務教育校に対する米飯給食等の供給に支障が生じたというような事情を認めることはできないから、被控訴人の主張は理由がない。

したがって、県学校給食会に平成一〇年通知を発し、本件訴訟の提起を理由に業者の変更を求めた被控訴人の行為は、違法性があるといわなければならない。

(三) 控訴人会社は、前記第二、一7のとおり、県学校給食会を債務者として本件仮処分を申し立てたが、《証拠略》によれば、その際、本件訴訟の訴訟代理人らに本件仮処分の申立て・追行を委任し、着手金及び報酬金として三〇〇万円を支払う旨を約したことが認められる。その時点において、控訴人会社が本件委託契約の継続を求めて本件仮処分を申し立てたことは、自己の利益を擁護するための必要かつやむを得ない措置であったということができるから、本件仮処分の申立て・追行に要した弁護士費用は、前記(二)の被控訴人の違法行為により支出を余儀なくされたものというべきである。そして、本件仮処分の難易、審理に費やした時間など諸般の事情を考慮すると、被控訴人の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害は、七〇万円と認めるのが相当である。

2 平成一一年度以降の逸失利益

前記第二、一8のとおり、被控訴人は、県学校給食会に平成一一年通知を発し、同年度の業者の変更を求め、各選定委員会も前年度とほぼ同じ理由で控訴人会社に対する業者指定を見合わせるよう答申し、県学校給食会も、控訴人会社に対し、現状では本件委託契約を締結できない旨を通知し、結局、控訴人会社と県学校給食会との間において本件委託契約は締結されなかったものである。控訴人会社は、被控訴人が平成一一年通知を発したことは、控訴人会社の営業を妨害するものであり、平成一一年度以降の本件委託契約が締結されなかったことによる控訴人会社の損害(概ね三年分の逸失利益)を賠償するよう求めている。

しかし、控訴人会社は、平成五年度から九年度の各事業年度ごとに当期損失を出していると主張しており、このことは、別紙「青色申告控除前の所得金額」の記載とも一致するし、《証拠略》によれば、控訴人会社の営業利益は、平成五年度から九年度まですべてマイナスであったことが認められる。仮に、控訴人会社が、平成一一年度も県学校給食会と本件委託契約を締結したとしても、営業利益がプラスに転じる見通しがあったと認めることはできない。そうすると、仮に被控訴人が平成一一年通知を発したことが違法であり、それによって控訴人会社が本件委託契約を締結することができなかったとしても、控訴人会社に平成一一年度以降の得べかりし利益の喪失があったと認めることはできないから、控訴人会社は、被控訴人に対し、右の逸失利益に相当する損害の賠償を求めることはできない。

さらに、控訴人会社は、平成一一年度においては、前年度のように仮処分を申し立てて本件委託契約の継続を求めなかったが、そのこととこれまでの営業利益がマイナスであり今後プラスに転じる見通しが立っていなかったことを合わせて考慮すると、自らの経常判断により平成一一年度の本件委託契約の締結を断念した可能性が強いというべきである。そうすると、被控訴人が平成一一年通知により業者の変更を求めたことと控訴人会社が本件委託契約を締結しなかったこととの間に、相当因果関係があると認めることはできないから、このことからしても控訴人会社の被控訴人に対する平成一一年度以降の逸失利益に係る損害賠償請求は理由がない。

五  結論

以上の次第であるから、控訴人会社の被控訴人に対する請求は、不法行為に基づき本件仮処分に係る弁護士費用七〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一〇年一月二八日(平成一〇年通知を発した日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。よって、これと判断を異にする原判決を右のとおり変更し、控訴人会社のその余の請求及び控訴人正一の控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六四条ただし書、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年六月一六日)

(裁判長裁判官 塩崎 勤 裁判官 小林 正 裁判官 萩原秀紀)

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